近年、採用の現場でも『アルムナイ(alumni)』という言葉を耳にする機会が増えました。
卒業生・同窓生の複数形を表す英単語から転じ、HR領域では『企業の退職者・卒業者(OB/OG)』を指す言葉として使われています。
人材不足や不況を受け、過去に自社で活躍していたアルムナイを再雇用する動きが高まっています。
アルムナイ採用は海外や外資系企業では一般的に行われている採用手法ですが、日本では『一度退職した社員を雇用する』という風土がまだ根付いておらず、運用イメージがつかない企業・人事ご担当者様も少なくないかと思います。
しかしアルムナイ採用を効果的に運用することで得られるメリットは、採用だけに留まりません。企業ブランディングや在籍社員のエンゲージメント向上など、多様な恩恵をもたらすと考えられています。
そこで今回は、150社以上の採用をみてきた筆者が、アルムナイ採用の実例やメリット・デメリット、運用のコツなどをご紹介します。
- アルムナイ採用の運用例を知りたい
- アルムナイ採用を開始するにあたり、意識すべきポイントを知りたい
- ゼロベースからアルムナイ採用を開始する手順を知りたい
上記に該当する、企業・人事ご担当者様はぜひご一読ください。
アルムナイ採用は成功するのか?再雇用割合と運用の実態
アルムナイ採用は下記主要な3事項を整備し正しい方法で運用すれば、組織に大きな恩恵をもたらす手法であると言えます。
- イグジットマネジメント
(戦略的に退職についての計画や管理をおこなう人材マネジメント) - 元社員との関係性
- 再雇用の整備
実際に、再雇用を行っている企業の割合と再雇用の満足度から、その様子が伺えます。
また今後のアルムナイ採用の需要をデータをもとに考察すると、アルムナイ採用が今後さらに重要視されていくことも推察できます。
企業の再雇用割合と満足度
本格的なアルムナイ採用を行っていなくても、既に多くの企業で一度退職した社員を再雇用するケースは多くみられます。
エン・ジャパングループが実施した『出戻り社員(再雇用)について』調査したデータでは、次の結果が得られています。
Q『貴社では、一度退職した社員を再雇用したことがありますか?』
- 再雇用したことがある:72%
- 再雇用したことがない:26%
本調査の回答が得られた企業のうち、7割以上の企業で再雇用を実施している実態が分かりました。
また再雇用の実績は、2年前の調査から5ポイント増加しています。さらに再雇用した企業の約8割で周りの社員の反応が「良い」という回答を得られていることから、アルムナイ採用は今後さらに一般化し、重要な採用施策の1つになり得ると言えるでしょう。
参考:エン・ジャパングループ『出戻り社員(再雇用)について』
アルムナイ採用・制度の運用割合
パーソル総合研究所が行った『コーポレート・アルムナイ(企業同窓生)に関する定量調査』では、再入社を制度化している企業は8.6%であると公表しています。
また5000人以上の大企業になると20.2%が制度化しており、大企業から再入社を制度化している様子が伺えます。
参考:パーソル総合研究所『コーポレート・アルムナイ(企業同窓生)に関する定量調査』
退職者の再雇用に対する企業側・再入社者側の満足度の高さや、採用獲得競争に伴う再雇用の需要が高まる中で、退職者向けの制度の制定は今よりも求められていくでしょう。
アルムナイ採用運用実例
本項目では、アルムナイ採用に注力する企業の実例を紹介します。
今回は、多くの企業の採用を支援してきた筆者の視点から、HR領域でアルムナイ採用に定評を得ている次の3社をピックアップいたしました。
- アクセンチュア株式会社
- 株式会社明光ネットワークジャパン
- パナソニックグループ
本格的に運用している企業の施策内容や運用実態を知ることで、アルムナイ採用運用に向けたイメージ形成にも繋がるでしょう。
アクセンチュア株式会社
画像引用:アクセンチュア・アルムナイ・ネットワーク
“ひとときでもアクセンチュアの“仲間”だった人は、いつまでも仲間であり続ける”という思想のもと、アクセンチュア株式会社ではアルムナイサイト「アクセンチュア・アルムナイ・ネットワーク」が運用されています。
登録者数は30万人以上にのぼり、78カ国でアルムナイの活動プログラムが実施されています。採用のみならず、事業協同・ブランディング・顧客としての取引など、アルムナイと多様な関わりを実現しています。
参考:アクセンチュア株式会社『アクセンチュア・アルムナイ・ネットワーク』
株式会社明光ネットワークジャパン
画像引用:明光義塾 for アルムナイ
株式会社明光ネットワークジャパンでは、2022年3月23日に卒業生・現役講師のキャリア支援を目的に「明光義塾 for アルムナイ」を開設しました。
明光義塾では約35,000名の講師が働いており、80%以上が大学生のアルバイトです。
毎年8,000名近くが大学卒業を機に講師アルバイトを卒業する中で、卒業後も良好な関係性を保ち、お互いに成長し続けるという目的のもと運用されています。
参考:株式会社明光ネットワークジャパン『明光義塾 for アルムナイ』
パナソニックグループ
画像引用:パナソニックグループ
パナソニックグループは2018年の創業100周年を機に、多様な人材が活躍できるオープンな風土や働き続けることのできる環境づくりに向け「A Better Career」と呼ばれる活動を開始しました。
本活動の一環として、一度パナソニックに入社した後に別のキャリア経験を積み、再びパナソニックに戻る「カムバックキャリア」を推進しています。
アルムナイ採用のメリット
続いて、アルムナイ採用を行うメリットをご紹介します。
アルムナイ採用を行う主なメリットは、次の3つです。
- 自社の理念や目標を理解した人材が戻ってくるため、ミスマッチが少ない
- 活躍までのスピードが速い
- 社外経験で得た俯瞰的視点を持っている
自社の理念や目標を理解した人材が戻ってくるため、ミスマッチが少ない
アルムナイ採用のメリットの1つとして、再雇用後のミスマッチ懸念が少ないという特徴があります。
その理由は、アルムナイが自社の理念や目標を理解した人材だからです。
別のキャリア経験を持つ点では中途社員と同様ですが、アルムナイは既に自社の理念や目標への理解があり、中途社員よりも採用後の定着率を高く保てる可能性が高いでしょう。
活躍までのスピードが速い
パーソル総合研究所が行った『コーポレート・アルムナイ(企業同窓生)に関する定量調査』では、再入社後のメリットとして“業務の開始”“組織への再参入”がスムーズに進んだという声が多く挙がっていました。
特に、再入社者からも「仕事内容が事前にイメージできた」(42.7%)「組織内のキーパーソンが理解できている」(37.7%)など中途採用では得られない、アルムナイ採用ならではのメリットを得られている点も特徴です。
“業務の開始”“組織への再参入”がスムーズに進むことで、教育コストをかけずに再入社者が最短で活躍している現場の様子が伺えます。
参考:パーソル総合研究所『コーポレート・アルムナイ(企業同窓生)に関する定量調査』
社外経験で得た俯瞰的視点を持っている
アルムナイ採用で入社した社員は別のキャリアを経験しているため、俯瞰的視点を持っています。
そのため、新卒社員のように自社のことしか知らないが故に現状に満足できなくなり、やる気やモチベーションの低下に繋がってしまうことはほぼ起こり得ません。
また新卒社員がアルムナイ採用で再入社した社員から別のキャリアの体験談を聞くことで、外の世界を疑似体験できたり、自社の良さを振り返る機会にもなります。
中途社員でも同様の効果を得られますが、“また自社を選び戻ってきた人”だからこそ、より強力な説得力を持ちます。
時には在籍社員に良い刺激を与えてくれる存在となるでしょう。
採用ブランディングにも繋がる
アルムナイと良好な関係を築いておくことでレピュテーションリスクが軽減し、新卒採用や中途採用に好影響を与えることも期待できるでしょう。
企業を評価するサイトに投稿される口コミの大半は、退職者が投稿しています。
インターネットやSNSツールが生活に浸透した今、インターネットやSNS上で投稿される口コミが採用活動に与える影響も大きくなりつつあります。
またソーシャル経済メディア「NewsPicks」から生まれた学生向けメディア、『HOPE by NewsPicks』では、過去に大手企業に属していたアルムナイと学生を繋ぐイベント『HOPE Day』が実施されました。
本イベントでは、アルムナイが過去に所属していた企業は関与していません。
画像引用:HOPE by NewsPicks『HOPE Day』
このようにアルムナイは良くも悪くも、様々な形で自社に影響を与えます。
もしアルムナイ採用の評判が広まれば、「外部に出ても再度働きやすい会社」として、企業のイメージアップも期待できます。
自ずと自社の評価も高まり、採用ブランディングにも寄与するでしょう。
また「もう一度働きたいと思える組織」と在籍社員に印象づけることもできるため、在籍社員のエンゲージメント向上にも効果を発揮するでしょう。
参考:HOPE by NewsPicks
アルムナイ採用をする手順
効果的な運用を実現するためには、運用の基盤となるゴールの設定とコミュニティ形成が必要です。
本項目ではアルムナイ採用運用に至るまでの手順を、ゴールの設定から順に次の6つに区分して1つずつ解説致します。
- アルムナイ採用の目的
- アルムナイ採用の認知
- 待遇・条件などの制度策定
- アルムナイコミュニティを開設する
- アルムナイ向けイベントを実施する
- アルムナイ応募を募る
アルムナイ採用が注目されているとはいえ、「具体的な設計方法が分からない」「何を準備すべきかイメージが湧かない」という企業・人事ご担当者様も多いかと思います。
アルムナイ採用に向けた手順全体を把握することで、運用に向けたイメージが湧いてくるでしょう。
➀アルムナイ採用のゴールの設定
アルムナイ採用を行うにあたり、まずはどんな目的で実施するのかを明確にし、目的からどのようなゴールを目指すのか設定しましょう。
『アルムナイ採用を行うことで社員のエンゲージメント〇%向上を図る』『アルムナイ採用で営業職〇名採用する』など、具体的な数字をゴールに設定することがポイントです。
アルムナイ採用に限らず、どんな施策でも運用の目的(ゴールの設定)は必要です。
自社の採用課題と照らし合わせ、アルムナイ採用で叶えたいゴールを明確化しましょう。
➁アルムナイ採用の認知
アルムナイ採用を行う際は社外認知も重要ですが、自社の在籍社員への認知も忘れてはなりません。
後にも紹介しますが、再入社者の最も多い経路は上司(36%)、続いて同僚(27.4%)です。また同僚・上司ともに交流回数が多いほど、離職者のアルムナイ意識が高いというデータもあります。
在籍社員が窓口になっているケースが6割以上に上ることから、アルムナイ採用の社内認知は必須と言えるでしょう。
➂待遇・条件などの制度策定
アルムナイ採用で入社した社員をどのような待遇・条件で迎えるのかを明確にしておくことも大切です。
再入社後の処遇と、離職時の処遇を比較した調査では、全体では均衡しているものの、企業規模が大きくなるほど、「年収低下」「職位低下」の割合が高く、元離職者を低く処遇する傾向が高いようです。
『一度退職した社員』というステータスをどう扱うかは企業によって様々ですが、アルムナイ採用で入社した社員と在籍社員との間に確執が生じたり、不満の火種にならないよう、納得できる制度策定が必要です。
➃アルムナイコミュニティを開設する
アルムナイ採用に向けた社内の基盤構築が完了した後は、運用のベースとなるアルムナイコミュニティを開設します。
オウンメディアを活用するケースもあれば、疎遠になったアルムナイと再接点を作りやすいSNSツールを利用する例もあります。
またアルムナイ採用を支援するサービスも多様に展開されています。自社の予算やリソースに応じてアルムナイコミュニティ構築を支援してくれるサービスの利用も検討してみると良いでしょう。
➄アルムナイ向けイベントを実施する
いくらコミュニティを設けたとしても、企業側からアクションを行わなければアルムナイ採用の目的から外れたコミュニティになってしまう懸念も考えられます。
アルムナイと関係性を築くイベントは様々ですが、次のようにアルムナイに求める関係性に応じて多様なイベントを企画しましょう。
- 再入社促進イベント
- ビジネス連携(セールスパートナー)イベント
- 講演依頼
- アンバサダー依頼 など
➅アルムナイからの再入社エントリーを募る
コミュニティの人数が充足しイベント等を通じてアルムナイへの取り組みがある程度浸透してきたら、本格的にアルムナイ採用に向けてアルムナイから再入社エントリーを募りましょう。
エントリーから内定までのプロセスや選考官のアサインなど、中途採用と分けてアルムナイ採用のルートを設定する必要もあります。
また選考中のアルムナイフォローの方法・担当者も定めておくと、選考辞退や入社意欲低下を防止できるでしょう。
アルムナイ採用を成功させるポイント
アルムナイ採用を成功させるポイントは、次の3つです。
- イグジットマネジメントに注力する
- 退職社員を気持ちよく送り出す
- アルムナイとの繋がりを継続するコミュニティを作る
アルムナイ採用は中途採用と混同されがちですが、アルムナイ採用では“再入社”という点を意識した運用が肝要です。
イグジットマネジメントに注力する
アルムナイ採用を運営する上で『イグジットマネジメント』はセットになることを覚えておきましょう。
イグジットマネジメントは『退職マネジメント』とも言われ、円満退職を実現するための施策の1つです。
様々な取り組みがありますが、退職面談もイグジットマネジメントの取り組みの1つです。イグジットマネジメントを本格的に運用している企業は少ないかと思いますが、退職面談は多くの企業で行われているかと思います。
退職面談の在り方を工夫するだけでも、アルムナイ採用に良い変化をもたらすこともあります。
パーソル総合研究所の『コーポレート・アルムナイ(企業同窓生)に関する定量調査』では、退職面談の際に人事担当者よりも上司と面談したほうがアルムナイ意識醸造に大きな影響を与えたという結果が得られています。
参考:パーソル総合研究所『コーポレート・アルムナイ(企業同窓生)に関する定量調査』
また上司との面談において、「想いの引き出し」「歓迎意思の表明」はアルムナイ意識の向上に正の影響を与えます。
しかし「想いの引き出し」が低く「意思尊重」だけが行われていても、アルムナイ意識には負の効果が生まれてしまうと示唆されています。
「退職意思の尊重」と「想いの引き出し」は、同時に行うことでアルムナイ意識醸造効果がより高められると考えられます。
参考:パーソル総合研究所『コーポレート・アルムナイ(企業同窓生)に関する定量調査』
本調査結果から退職面談においては、ただ退職意思をヒアリングするのではなく、下記4つのポイントを意識することが大切であると言えるでしょう。
- 退職面談は人事担当者ではなく、上司が実施する。
- 「退職理由に理解を示す」「希望する退職タイミングを尊重する」など、退職者の意思尊重を大切にする。
- 再度入社する意思があれば、歓迎する旨を伝える。
- 意思尊重を行うと同時に「最後まで丁寧に話を聞く」「退職の引き金(不満)を聞く」など、退職者の想いを引き出す姿勢を意識する。
退職社員を気持ちよく送り出す
アルムナイ採用では、アルムナイとの良好な関係を築くことが成功の鍵となります。
そのため退職社員の送り出し方がアルムナイ採用の運用に大きな影響を及ぼします。
アルムナイに関するコンサルティング事業を展開する株式会社ハッカズークが退職経験者を対象に行ったアンケート調査では、「退職の意思を伝えてから実際に退職するまでの間に、不快な思いをしたことがあるか」という問いに対し、半数以上(55.4%)が「ある」と回答しています。
参考:株式会社ハッカズーク
またその内訳は、次のような結果となっています。
- 怒られたり、辞めないように圧力をかけられたりした:51.7%
- 退職の意思を否定された:44.8%
- 希望するタイミングで退職ができなかった:25.9%
参考:株式会社ハッカズーク
また不快な思いをしたことで、「好意が薄れた」「嫌いになった」と、会社に対しての気持ちがマイナスになった人は半数を越えています。
退職は今後の人生を左右する大きな決断です。その決断に尊重の気持ちが感じられない場合、残念に感じられてしまいアルムナイ意識が低下してしまうことになってしまいます。
先述の『イグジットマネジメントに注力すること』にも共通しますが、退職時は退職者の『個人の人生』『個人のキャリア』を尊重し、背中を押すような送り出しをすることで会社への好意が増し、アルムナイ採用に繋げられる最初の関係を構築できます。
アルムナイとの繋がりを継続するコミュニティを作る
アルムナイ採用が注目されつつあるとはいえ、再入社の経路は75.7%が人づて・縁故となっています。
企業が実施しているオフィシャルな制度を利用した再入社者は4.0%に留まっています。
参考:パーソル総合研究所『コーポレート・アルムナイ(企業同窓生)に関する定量調査』
本データからオフィシャルな制度を作るよりも、まずはアルムナイとの繋がりを継続する仕組みやコミュニティを設けることがアルムナイ採用を軌道に乗せるポイントであると言えるでしょう。
専用サイトやSNSサイトを設立するのも1つの手です。他にもリファラル採用のように在籍社員にアルムナイ採用を周知しアルムナイを歓迎する風土を創るのも、アルムナイとの繋がりを継続する取り組みの1つです。
アルムナイ受け入れの体制は一朝一夕で構築できるものではありません。しかしアルムナイとの繋がりや繋がれる場を設けておくことで、アルムナイ採用をスムーズに進められる基盤ができるでしょう。
アルムナイ採用運用 まとめ
本記事ではアルムナイ採用を運営するにあたって、得られるメリットや運用手順・コツなどをアルムナイに関する様々なデータを用いてご紹介致しました。
アルムナイ採用は、ミスマッチが少なく活躍までのスピードが早いという採用面だけに特化したメリットだけを得られる施策ではありません。
アルムナイ採用を通じてアルムナイと交流を深めることで、元社員を起点とした新しい取り引きや事業が生まれることもあるでしょう。さらには外部で得た知見を提供してもらえたりと、自社に様々な恩恵やイノベーションがもたらされることもお分かりいただけたかと思います。
アルムナイ採用は、人と企業の関係性を“点”ではなく“線”で繋ぐ1つの取り組みです。組織に関わる人材を線で繋いでいくことで、より強固な組織を創り上げていくことができるでしょう。