中途採用は年齢や持ち合わせているスキル、さらにはこれまで培ってきた経験が1人ひとり異なります。そのため、適切な給与額の設定に悩む人事ご担当者様も多いのではないでしょうか。
中途採用者の給与額を決めるには、中途採用者のステータス・期待値・実力を加味する他、現職社員が不満に感じない額であることも必須と言えるでしょう。
そこで今回は、これまで150社以上の採用をサポートしてきた筆者が、中途採用者の給与額の決め方や提示フローなどを分かりやすく解説します。
また後半には給与交渉を受けた場合の対処法や、中途採用時における給与決定にまつわる失敗事例と対策も紹介します。
- 中途採用者の給与額で現職社員から不満の声が挙がった
- 給与提示・交渉がスムーズに進まずに内定辞退に至ってしまった
- 中途採用者の給与額を決定する際の参考にしたい
上記に該当する、企業・人事ご担当者様はぜひご一読ください。
給与金額決定のポイント
まずは給与を決定する際の根底となる考え方を紹介します。
従業員の給与を決定する時は、『同一価値労働同一賃金』の考えを用いることが原則です。
つまり、“同一価値・生産性とみなされる労働・業務を請け負う場合、同一の賃金を支払うものである”という考えが賃金を決定するベースとなります。
透明性を図り、誰もが納得できる賃金決定を行うためには、同一価値・生産性を判断するための評価基準を設ける・整備することも求められます。
誰もが同一価値・生産性を認める評価基準があって初めて公平性が担保された賃金を決定することができるでしょう。
中途採用者の給料の決め方
続いて、中途採用者の給料の決め方を5つのパターンに分けて紹介します。
- 前職の給与と比較
- 過去の成果や業績を考慮する
- 自社の相場・等級ベースに当てはめる
- 試用期間中の働きを見て決める
- 競合他社と比較する
中途採用者の給与は、『同一価値労働同一賃金』の考えをベースとし、上記5パターンの要素から賃金の上乗せ・差し引きを行います。
前職の給与と比較
中途採用者の給与を決定するにあたり、参考にできる金額として前職給与額が挙げられます。
転職市場が活性化する中、転職に対するイメージはネガティブなものから「キャリアアップ」「自分らしい働き方の実現」などポジティブなものへと変化しています。
当然給与アップを目指し転職に踏み切る人も多く、企業側としても提示する給与額は採用成否に大きな影響を与えると考えられます。
株式会社マイナビ 社長室 HRリサーチ統括部が行った『転職動向調査2023年版(2022年実績)』によると、入社を決めた理由は、「給与が良い」が約3割と最も高くなりました。前年より増加し、前年トップであった「希望の勤務地である」を抜いてトップになりました。
また転職回数別では、回数が多いほど「給与の良さ」を重視する傾向も顕著に表れています。
引用:株式会社マイナビ 社長室 HRリサーチ統括部『転職動向調査2023年版(2022年実績)』
また同調査の転職後の年収変化においては、年々年収が上がった割合も増えており、2022年においては約4割もの転職者が年収アップを実現しています。
引用:株式会社マイナビ 社長室 HRリサーチ統括部『転職動向調査2023年版(2022年実績)』
本データからも転職を希望する人の多くは前職よりも高い給与を望んでいる動向が読み取れます。採用条件を十分に満たす人材であれば、前職の給与額と同一もしくは前職の給与水準の保証は必須と言えるでしょう。
しかし冒頭でも述べた通り、従業員の賃金決定においては『同一価値労働同一賃金』が原則です。前職給与を基準にした場合、現職社員と同一価値労働にもかかわらず中途採用者の給与額のほうがはるかに上回るケースもあるかもしれません。
その場合は、「やりがい」「福利厚生」「将来の昇給幅」などをアピールしながら現職社員の給与基準に合わせる必要があります。
また提示給与額による辞退者が多い場合は、社内の給与制度を見直していくことも視野に入れていかなければならないでしょう。
さらに応募者の前職の給料を正確に把握するためには、過去の給与明細の提示を求めたりヒアリング等を実施したりしなければなりません。そのため給料額が決まるまでには、時間を要する場合もあります。
過去の成果や業績を考慮する
特に即戦力を求める場合、給与額を決定する基準の中でも過去の成果や業績が大きなウエイトを占めることになります。
ただし、これまでの成果や業績をどのように確認するのか、提示額に見合う実力を発揮してくれるのか判断が難しいこともあるでしょう。
給与額決定において過去の成果や業績が重視される場合は、試用期間を設けるのも1つです。そして“一定の成果が得られない場合は、給与額を変更する”旨を雇用条件等に記載しておくと良いでしょう。
反対に期待以上の成果を創出した場合は、さらなる上乗せを行うなど応募者のモチベーションコントロールも忘れないことがポイントです。
自社の相場・等級ベースに当てはめる
自社の相場・等級ベースにする場合、主に配属先ポジション・年齢・役職に応募者を当てはめて給与額を算出します。
現職社員の多くが自社の相場・等級ベースで給与額が決定していることから公平性の高い方法と言えるでしょう。また既に等級ベースや評価制度が設けられている企業の場合、給与額決定のプロセスもスムーズに進むでしょう。
応募者にとっては前職の給与より多少下回ったとしても、客観的な指標に当てはめて金額を決定している旨を伝えることで納得しやすいメリットがあります。
一方で中途採用の場合、年功序列よりもスキルや能力に応じて給与を決定する企業も増えています。応募者の意向と現職社員との現状の板挟みになる懸念も考えられるでしょう。
試用期間中の働きを見て決める
試用期間中の働きぶりや成果から給与額を判断する方法もあります。
その場合は、内定時に渡す「労働条件通知書」等に“記載の給与条件は仮のものであり、試用期間明けに給与額の変動あり”の記載を忘れないようにしましょう。
試用期間は、3〜6ヶ月ほどの期間で設定されることが一般的です。給与額の再設定は、試用期間が終了する前に告知を行い、承認が得られれば正式な給与額が決定します。
実際の働きぶりなどを確認した上で給与額を決められるため、現行社員から納得感が得られやすく、給与額とスキルにミスマッチも起きにくいでしょう。しかし中途採用者が正式給与に納得しない場合、早期退職してしまう懸念も十分に考えられます。
試用期間を設ける際は、リスク面も十分に理解しておきましょう。
競合他社と比較する
採用競合が提示している賃金と比較しながら、応募者の給与額を決定するケースもあります。
応募者が既に他社の内定を持っている場合、もしくは最終選考と同等のフェーズにいる場合に用いられることの多い方法です。
応募者に対し、採用競合から提示された給与額をヒアリングし、その金額をベースに給与額を決定します。
自社にとって必要な人材であれば、採用競合を上回る金額の提示が必須と言えるでしょう。
給与額とスキル・経験のバランスを見極めるジャッジ力、さらには現行社員から反感を買わないかも思慮しなければなりません。
あくまでも給与額を決定する1つの要素として考えましょう。
給与額の相場観を把握する方法
中途採用者の給与額を決定する際は、年齢・勤続年数など年功序列に沿うような要素ではなく、スキルや能力に応じて金額を決定するケースが多くなっています。
そのため給与を提示するための相場観を知っておくことは必須と言えるでしょう。
給与を提示するための相場観を把握するためには、次のような方法があります。
- 転職サイト・転職エージェントを活用して市場調査を行う
- 厚生労働省の『賃金構造基本統計調査』を参考にする
転職サイト・転職エージェントを活用して市場調査を行う
同業他社・同規模・同エリアの給与相場を把握する手段として転職サイト・転職エージェントを活用する方法があります。
インターネットを閲覧するだけでもざっくりと調べることができるでしょう。
転職サイト・転職エージェントの担当者にヒアリングすれば、より詳細なデータを共有してもらえる場合もあります。
先述の通り、転職希望者にとって給与額は入社企業を決める要素の中でも重要な項目に位置します。優秀な人材を取り逃さないためにも、市場の相場観はしっかり把握しておくことをおすすめします。
厚生労働省の『賃金構造基本統計調査』を参考にする
厚生労働省の『賃金構造基本統計調査』を参考にするのも1つの方法です。
賃金構造基本統計調査は、賃金の実態を労働者の雇用形態、就業形態、職種、性、年齢、学歴、勤続年数、経験年数別等に明らかにすることを目的に実施されています。
客観的に現状を把握できるため、給与額について全容を知りたい・給与制度を制定したいという企業・人事ご担当者様は、ぜひチェックしてみましょう。
中途採用者の給与額が決まるまでのフロー
ここでは中途採用者の給与額が決まるまでのフローを紹介します。
入社に至るまで、給与額について触れるステップは主に3つあります。
- 面接時
- 内定時
- 内定後面談
新卒採用とは違い、中途採用者の給与額はすぐ決定するわけではありません。
応募者の希望・経験・スキルはもちろん、現行社員の給与額・配属予定ポジションなども加味して給与額が決定します。
面接時
面接時には、応募者の希望給料額と前職の希望をヒアリングしましょう。
また同時に資格やスキル、どんな実績を残してきたのかも給与額を決める情報として確認しておくようにしましょう。
応募者から給与想定額を質問されることもあるでしょう。
その場合、その場で給与額を回答することは難しいかもしれません。
とは言え期待値から大幅に外れる給与額を提示してしまうと、辞退につながりかねません。
しかし応募者を繋ぎ留めたい一心で虚偽の給与額を提示した場合、企業への信頼度を著しく低下させてしまう懸念も考えられます。
応募者に対しては、想定される金額をそのまま伝えるようにしましょう。
応募者の期待値に沿わない金額の場合は、福利厚生や入社後の上がり幅の他、得られる経験・やりがいなど給与以外の価値も伝えていくことが大切です。
複数の企業の選考に進んでいる応募者の中には、次のステップに進むための企業を絞り込むために早々に給与交渉を希望する人もいます。
応募者の要求や希望にいつ・どれくらいのスピード感をもって応じるべきか、事前に検討しておきましょう。
内定時
内定に至った応募者には、内定通知書を交付します。
内定通知書には、雇用条件が記載されており、記載項目の中には給与額も含まれています。
ここで提示する金額は、面談時にヒアリングした前職給与額・スキル・経験に基づいて算出された金額です。
応募者が内定を承諾するまでは、給与交渉が行われることもあります。そのため内定通知書に記載された金額が最終的な金額になるわけではありません。
内定後面談
内定承諾前に面談を挟むケースもあるでしょう。
応募者にとっては、最後の給与交渉タイミングとなります。
面談実施前に電話やオンライン面談などで希望をヒアリングしておくとスムーズでしょう。
内定後面談では、企業側からの再提示額を決めておくようにしましょう。
そしてなぜその金額になったのか、応募者が納得できる理由を伝えられるようにしておきましょう。
待遇・条件を交渉された時の対処・対応法
近年は、給与額が入社決定を左右する大きな要因になっています。
選考時もしくは内定承諾前に給与交渉が行われる可能性が高いことを理解し、適切な対処・対応法を以って応募者と相対する必要があります。
待遇・条件を交渉された時の対処・対応法は次の通りです。
- 採用の緊急度・重要度を加味して判断する
- 交渉材料の事実確認をする
- 給与額以外のメリットを提示する
- 試用期間を設ける
上記はあくまでも一例であり、企業の方針や現職社員の想いを汲みながら対処・対応に取り組みましょう。
採用の緊急度・重要度を加味して判断する
応募者が給与交渉を希望した場合、そもそも受け入れる余地があるのか、採用の緊急度・重要度を加味して判断しましょう。
応募者からの希望を全て聞き入れてしまうと、社内の評価制度の意味や重要性が薄れてしまうでしょう。さらには現職社員の昇給額にも影響をきたしかねません。
基本的には応募者から給与額の交渉を持ちかけられたとしても簡単に交渉に応じない姿勢が必要です。採用の緊急度・重要度が高く、どうしても採用につなげたい人材の場合は、社内の評価制度・現職社員の昇給に影響しない範囲の金額を提示するようにしてください。
交渉材料の事実確認をする
応募者から口頭で給与交渉を持ちかけられることも少なくありません。
交渉に応じるか否かを判断するためにも、源泉徴収票や直近3カ月の給与明細を提出してもらう、他社の内定通知書に記載の金額を見せてもらうなどの対応を要求しましょう。
給与額以外のメリットを提示する
時には応募者の希望額に応えられないケースもあるでしょう。
その場合は、給与額以外のメリット・魅力・強みを伝えることも大切です。
給与だけを目的に入社しても社風・風土に馴染めない、ビジョンに沿わないなどを理由に早期離職してしまう懸念も考えられます。
応募者と相対する時は、仕事内容の面白さ・社風や風土とのマッチ度など給与だけでは判断できない魅力に共感してもらうことにも注力しましょう。
試用期間を設ける
試用期間を設けるのも1つの方法です。
応募者にとっては、自身の能力そのものを認めてもらう機会になります。また企業としてもリアルな成果を基に給与額を決定することができるでしょう。
給与額提示の際の注意点
応募者に給与額を提示する際は、次の点に注意しましょう。
- 提示年収額の根拠を伝える
- 上がり幅を伝える
- 福利厚生の魅力を伝える
給与額の提示は、採用プロセス中でもセンシティブなポイントであり、対応を間違えたばかりに辞退に至るケースも少なくありません。
提示年収額の根拠を伝える
現職社員から見たときの公平性や透明性を担保するためにも、なぜその年収額が提示されているのか伝えることは非常に大切なポイントになります。
また応募者の希望額に達しない場合も、「なぜこの金額なのか」根拠をもって伝えることで納得感を与えることができます。
また給与額の根拠を伝えることで、入社後不満や不信感も未然に防げます。
給与はあらゆる角度から質問される可能性が高い項目ですが、真摯・切実に回答することで自社への信頼度も高められるでしょう。
上がり幅を伝える
また給与額を提示する際は、候補者の期待を踏まえ、将来的な上がり幅も一緒に伝えましょう。
「具体的に〇年後にはこのくらいのポジションに立ってほしい」「管理職になると〇万円期待できる」と応募者への期待を込めて伝えることがポイントです。
またインセンティブを強みにしている企業は、具体的なインセンティブ内容を伝えることも意識しましょう。その際魅力付けばかりに注力するあまり、実現が難しいインセンティブを伝えてしまうと、入社意欲が減退しかねません。
現実的かつ、自身の努力次第で年収が変わる旨を伝えておくことで、入社後のモチベーションにもつながるでしょう。
福利厚生の魅力を伝える
社宅や寮の家賃負担・通勤手当・報奨金など、福利厚生でカバーできるケースも多々あります。
福利厚生がしっかりしている企業であれば、採用競合が提示している金額が多少高くても十分に採用競争に挑むことができるハズです。福利厚生について説明する際は、給与額に絡めて伝えることがポイントです。
福利厚生とは、従業員や従業員の家族の生活の安定や労働環境の改善のために提供される制度です。転職時に福利厚生の手厚さを求める人も多く、アピール材料の1つになるでしょう。
給与提示の失敗例とその対策
最後に給与提示の失敗例と対策をパターン別に紹介します。
- 求人情報の認識に齟齬があり、内定辞退された
- 想定よりも能力を発揮できなかった場合でも簡単に給与を下げられない
- 応募者からの給与交渉に応じたことで社内からの反発があった
今回は、筆者が採用を支援してきた企業の中で散見された上記3つのパターンを紹介します。
求人情報の認識に齟齬があり、内定辞退された
中途採用に使用する媒体は多岐に渡ります。企業によっては数十以上の媒体を使用しているケースもあるでしょう。
給与額に変更があった場合は、全ての媒体に記載されている情報の更新を忘れないようにしましょう。筆者が担当した企業様の中にも、求人票に記載されている金額と差異があり辞退に至ってしまったケースもあります。
また「20万〜40万円/月」のように振り幅の大きい金額を記載することも避けたほうが無難でしょう。特に応募者の能力を加味して最低額を提示した場合、応募者から偽証とみなされることもあります。
場合によってはネット上等で拡散される懸念もあるため、求人情報に掲載する金額は慎重に決定・扱うようにしましょう。
想定よりも能力を発揮できなかった場合でも簡単に給与を下げられない
想定よりも入社後に能力を発揮できなかった場合でも、日本の制度上、企業は従業員に対し無断で減給措置を取ることはできません。
しかし選考時だけで応募者の能力を見極めるのは非常に困難です。
特に異業種・異業界から転職してきた中途採用者は、業界や職種が合わず本来の能力を発揮できずにくすぶってしまうケースも珍しくありません。
期待値以上の成果が出なかったとしても提示した給与を支払い続けることになります。
当然、現職社員から不満や反感の声が上がることもあるでしょう。
給与額の変更は、雇用契約の変更や賞与による調整を行う必要があります。
給与額のミスマッチを防ぐためにも、選考時のヒアリングや前職での成果・成績を具体的かつ事実ベースとして把握できる証拠を提示してもらうようにしましょう。
応募者からの給与交渉に応じたことで社内からの反発があった
冒頭でも述べた通り、従業員の賃金決定の際は、『同一価値労働同一賃金』が根幹になります。その上で経験・スキル・期待値が肉付けされ、給与額が決定します。
応募者からの給与交渉に安易に応じてしまうと、同一価値労働同一賃金の概念が崩れてしまいます。そればかりか社内の評価制度も意味を成さなくなります。
当然社内から反発の声が上がることも想定されるでしょう。
応募者からの給与交渉は、基本応じない姿勢が賢明です。
採用の緊急度・重要度が高く、給与交渉に応じなければならない時は、応募者・現職社員の双方から納得感を得られるよう、透明性があり公平性を感じられる理由を用意しておきましょう。
中途採用者の給与の決め方 まとめ
中途採用者の給与の決め方には、様々な方法があります。
さらに中途採用者の給与には、能力やこれまでのキャリア・経験など様々な要素が加味されるため、簡単に決められるものではありません。
その中で大切なことは、企業・応募者・現職社員が納得できる形で給与を設定することです。
また中途採用市場が活性化する昨今において、給与額は入社企業を決定する重要な項目の1つになっています。
公正性が担保され、誰もが納得できる適切な給与額を決定できるようにするためにも、給与体系や評価制度を定期的に見直すことも大切と言えるでしょう。